3. 『実践理性批判』での道徳的教育方法(その1)
【参考:実践理性批判】
『実践理性批判』第2部「純粋実践理性批判の方法論」で、未発達な子どもの心を道徳的善に向かわせるため、純粋な道徳的動因が心にもたらされるようにすることをカントは主張する。具体的に言うと、「提出された実践的問題に極めて緻密な検討すら好んで加える」(Ⅴ,176)人間理性が備えている性癖を利用する。そうすれば、教え子がみずからの道徳的判定力を活発にし、行為の道徳的内実の大小に気付かせることが期待できる。
また道徳教育の中で最も重要なことは、「善い振る舞いを純粋さの中で知りそれを賛成する」(Ⅴ,177)一方、「純粋さから少し外れたことは痛恨と軽蔑をもって見る反復練習」(ibid.)を行うことである。この箇所でカントが言いたいことは、次の2点である。
1つ目は、具体的事例に基づいて、道徳的判断力を育成することである。道徳教育は場合によって、抽象的な授業に終始しがちである。例えば、「他人を大切にすること」について具体的な場面を設定し、その中で道徳について教師は生徒に伝えなければならない。
2つ目は具体的事例について生徒間で善悪の評価を行うことである。道徳的に善い行為について賛成する一方、道徳的行為から外れた事例には、痛恨や軽蔑の気持ちを持たせる。
ここで注意すべき点は、人間の感情に訴えることや教師の高踏的で驕慢な不当な要求によって、子どもに道徳的効果を与えてはならないことである。道徳法則に基づいた判断力を育成するため、教師は権威的であってはならない。
さて、平成30年度告示『高等学校学習指導要領解説 公民編』では、「思考実験」の活用について取り上げる。例えば「キュゲスの指輪」や「濡れ衣の事例」など、ある特殊な状況を作り出すことによって、倫理的問題へのわれわれの直観的な道徳的判断を得ることが、思考実験の目的である。
【参考:高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 公民編】
倫理的価値判断について、行為の結果である個人や社会全体の幸福を重視する考え方と、行為の動機となる公正などの義務を重視する考え方などを活用し、生徒間で共に納得できる解決方法を見出すことを教師はねらいとする。
その方法として、「思考実験」など概念的枠組みを用いて考察する活動を通して「人間としての在り方生き方」を多面的・多角的に考察し表現する力を、教師は生徒に身に付けさせる。ここで考えられるのは、「トロッコ問題」や「ハインツのジレンマ」などの「モラル・ジレンマ」の授業である。
「ある人を助けるために他人を犠牲にすることは許されるか」という問いや、「病気の妻を救うために盗みを働いてもよいのか」という具体的状況を設定し、倫理的課題を解決させる。
もちろん、この問題に正解はない。お互いの価値観を共有し、生徒間で納得できる解決方法を見出すこと自体が、道徳的判断力を育成することに繋がる。【続く】
【参考:論理的思考力を鍛える33の思考実験】