認識論にしろ道徳哲学にしろ『三批判書』の中で、カントは一貫して「理性的存在者」(vernüftiges Wessen)の視点から自らの批判哲学を展開する。
一方で『単なる理性の限界内の宗教』では、人間の心情の邪悪さは「選択意志」(Willkür)の「性癖」(Hang)であるとして、カントは「人間は生来悪」(Kant,1793,32)であると明示する。
すなわち、カントは人間に「悪への自由の可能性」(藤田,2004,144)を認める。
いかにしてカントはわれわれの「悪」と向き合い、「道徳法則」(moralisches Gesetz)とどう関連付けたのか。
この問いについて考察する際、「非社交的社交性」(ungesellige Geselligkeit)という、カント独自の概念を検討することがひとつの手がかりとなる。
この概念を明らかにすることによって、「裏側から見た」(中島,2005,Ⅴ)カント道徳哲学をわれわれは垣間見ることができるだろう。今回の内容は以下の通りである。
[内容]
【第1回】非社交的社交性とは何か
【第1回】社交的な人間性
【第2回】非社交的な人間性
【第2回】まとめ
■非社交的社交性とは何か
「非社交的社交性」というカント独特の用語は、『世界市民という視点からみた普遍史の理念』(以下『普遍史』と略記)に登場する。この中で、カントは以下のようにこの用語を定義する。
これ[非社交的社交性]は、人間が一方では社会を構築しようとする傾向をもつが、他方では絶えず社会を分裂させようと、一貫して抵抗を示すということである。(Kant,1784,邦頁40 [ ] 内は筆者)
人間は共に「社会を構築」したいという「傾向」を持つ。一方で絶えず分裂を求め、人間は社会に対し「一貫して抵抗を示す」。この「両価性」(ambivalence)をカントは「非社交的社交性」と表現する。
■社交的な人間性
カントによれば、人間には集まって社会を形成しようとする傾向が備わっている。社会を形成することによって、自分が人間であることや自分の自然な素質が発展していくことを人間は感じる。(※1)
ここでいう「社会」には、国家的もしくは組織的な集団だけではなく、単純に何かを楽しむための一種のコミュニティも含まれると考えられる。
カントは食卓での団らんを大切にした人物として有名である。(※2)様々な友人を自宅に招き、食事を共にしながら哲学以外の話題を楽しんだ。
また『実用的見地における人間学』(以下『人間学』と略記)の中でも、食卓での団らんについての必要性を彼は語っている。(※3)
このエピソードや彼の記述から、ある種のコミュニティもカントは視野に入れていることが読み取れる。すなわち、目的的にしろ無目的的にしろ、人と人との交流をカントは「社会」という言葉に込めているのだろう。
このような「社会」を通して、「自分が人間であること」(Kant,1784,邦頁40)や「自分の自然な素質が発展」(ibid.)することを、カントはわれわれ人間の中に見出している。
カント道徳哲学の文脈に即すと、この人間観は「自己の完全性」(eigene Vollkomenheit)を目指した「目的」(Zweck)としての「理性的存在者」と解釈できる。(※3)
この「完全性」の中には、単なる能力の開発だけではなく道徳的涵養もカントは視野に入れている。
『普遍史』の中でカントは、「社会を形成」する傾向を備えながら「自分が人間であること」や自らの「自然な素質」の発展を目指す「社交的」な人間観を描いている。
一方で、人間には正反対の傾向があることも、カントは認めている。【続く】
【次の記事】
(※1) Kant,1784.邦頁40 参照。
(※2) Körner,1955,邦頁206 及び 高峯,1982,22ー27 参照。
(※3)Kant,1798 第88節 参照。
(※4)Kant,1797,386 参照。
【参考文献】
●Kann.I,1793 :Die Religion innerhalb der Grenzen der bloßen Vernunft(邦題:『単なる理性の限界内の宗教』、北岡武司訳、『カント全集10』所収、岩波書店、2000年.)
●Kant.I,1797:Die Metaphysik der Sitten(邦題:『人倫の形而上学』、吉澤・尾田訳、『カント全集第11巻』所収、理想社、1975年.)
●Kant.I,1798:Anthropologie in pragmatischer Hinsicht (邦題:『実用的見地における人間学』、三井善止訳、『人間学・教育学ー西洋の教育思想5ー』所収、玉川大学出版部、1986年.)
●Körner.S,1955:Kant(邦題:『カント』、野本和幸訳、みすず書房、1977年.)
●石川文康,1995:カント入門、筑摩書房、1995年.
●藤田昇吾,2004:カント哲学の特性、晃洋書房、2004年.