ネコと倫理学

カント道徳哲学/動物倫理学/教育倫理学/ボランティアの倫理学/ネコと人間の倫理的関わりについて記事を書いています。

【第1回】カント教育哲学から見る現代の教育改革 - 道徳教育と『新学習指導要領』の考察|教育されるべき存在としての人間 ―カント『教育学』から現代の学習指導要領への展開―【教育倫理学】

 

 デジタル革命が進展する現代社会の中で、教育のあり方も大きな転換点を迎えている。平成30年度告示の高等学校学習指導要領が示すように、AIやIoTに象徴される「Society5.0」の到来は、われわれの生活様式や価値観を根本から変えようとしている。

 

  このような激動の時代だからこそ、「理性の自律的使用」を説いたカントの思想から、現代の教育改革における「主体的・対話的で深い学び」の本質を問い直す意義があるのだろう。

 

 本稿は、カントの道徳教育論を手がかりに、高等学校における新しい学びのあり方を探究することを目的とする。具体的には、以下の3つの視点から考察を進める。

 

  第1に、カントの『教育学』と新学習指導要領を比較検討し、道徳教育の普遍的原理を明らかにする。

 

  第2に、『実践理性批判』の道徳論と新学習指導要領解説公民編を対照させ、現代における道徳教育の方法論を検討する。

 

  第3に、『啓蒙とは何か』で示された「理性の公的使用」という概念から「主体的・対話的で深い学び」の本質に迫りたい。

 

 18世紀のドイツで道徳教育の革新を主張したカントの思想は、デジタル化とグローバル化が進む現代社会での教育改革にも、重要な示唆を与えてくれる。本稿を通じて、新しい時代の道徳教育のあり方について、原理的かつ実践的な視座を提示することを目指す。本稿の内容は以下の通りである。

 

[内容]

【第1回】教育されるべき存在としての人間 ―カント『教育学』から現代の学習指導要
    領への展開―

【第2回】道徳的判断力の開発 ―『実践理性批判』から現代の教育実践へ―

【第3回】 『啓蒙とは何か』での理性の公的使用の革新性

【第4回】終わりに

 

■教育されるべき存在としての人間 ―カント『教育学』から現代の学習指導要領への展開―

 

 カント教育哲学の核心に迫るため、まず『教育学』冒頭の一節を引用する。

 

 人間は教育されなければならない唯一の被造物である。教育とは、すなわち擁護(保育、扶養)と訓練(訓育)と教授ならびに陶冶を意味する。これに従って、人間は乳児であり-生徒であり-そして学生である。 (Ⅸ,441)

 

 ここで、「教育されなければならない唯一の被造物である」という人間観をカントは提示する。その中で「教育」(Erziehung)の対象を乳児、生徒そして学生とする。人間のみが教育を必要とする存在であるという洞察は、現代の教育論にも大きな示唆を与える。

 

  カントは教育を「養護」(Wartung)、「訓練」(Disziplin)、「教授」(Unterweisung)そして「陶冶」(Bildung)という4つの次元で捉え、それぞれが人間形成の異なる段階に対応すると考えた。

 

 カントによれば、「養護」は子どもが自分の能力の危険な用い方をしないよう両親が予め配慮することである。「訓練」は、人間がその動物的衝動によって人間の使命である人間性から逸脱することのないように予防することである。例えば、人間が粗暴に無分別に危険に身をさらすことのないよう人間を拘束することである。

 

 これに対して、「教授」は教育の積極的な部分を意味する。「陶冶」は、消極的意味では単に過ちを防ぐ訓練である。他方、「陶冶」は積極的意味では教授と教導である。その限りで、「陶冶」は教化に属す。

 

 また別の箇所で、カントは「教育」を「自然的教育」(Ⅸ,455)と「道徳的教育」(ibid.)に分類する。「自然的教育」を「保育」(Glosbe)とする一方、「道徳的教育」を人間が自由に行為する存在者として生活できるよう「陶冶する教育」(ibid.)と定義する。

 

  それは人格性への教育、すなわち自立し社会の一員となりしかも自分自身の内的価値を持てるよう自由に行為する存在者になるための教育である。

 

 この道徳教育の構想は、平成30年度告示『高等学校学習指導要領』での教育目標と親和性を持つ。平成30年度告示『高等学校学習指導要領』第1章総則の「第1款 高等学校教育の基本と教育課程の役割」の中で、文部科学省は道徳教育の目標を次のように規定する。

 

 道徳教育は、教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本精神に基づき、生徒が自己探求と自己実現に努め国家・社会の一員としての自覚に基 づき行為しうる発達の段階にあることを考慮し、人間としての在り方生き方 を考え、主体的な判断の下に行動し、自立した人間として他者と共によりよ く生きるための基盤となる道徳性を養うことを目標とすること。(文部科学省,2018,19)

 

 『高等学校学習指導要領』のこの箇所で「自己探求と自己実現に努め国家・社会の一員としての自覚に基づき」行為し、生徒が「人間としての在り方生き方を考え、主体的な判断の下に行動し、自立した人間として他者と共によりよく生きるための基盤となる道徳性を養うこと」を平成30年度告示『高等学校学習指導要領』は教育目標に据えている。

 

 この現代の教育目標は、カントが説いた「陶冶する教育」の理念、すなわち自立した人格の形成と社会的存在としての人間の育成を見事に体現している。2世紀以上の時を超えて、カントの教育思想は現代の教育改革の重要な思想的基盤となっている。 

 

 以上のことから考えると、『教育学』に示されたカントの教育理念は、現代の教育指針の中に脈々と生き続けている。その普遍的な意義を改めて認識することは、教育の本質を問い直す上で重要な示唆を与えてくれる。【続く】

 

【参考文献】