ネコと倫理学

カント道徳哲学/動物倫理学/教育倫理学/ボランティアの倫理学/ネコと人間の倫理的関わりについて記事を書いています。

【第2回】人間以外の動物への倫理的配慮の基準は「苦痛」だけでは不十分である|シンガーの議論【動物倫理学】

 

【前回の記事】

chine-mori.hatenablog.jp

 

2.「苦痛」という感覚が唯一の判断基準ーピーター・シンガーの議論

 

 シンガーは、その著書『動物の解放』で次のように述べる。

 

 もしある当事者が苦しむならば、その苦しみを考慮に入れることを拒否することは、道徳的に正当化できない。当事者がどんな生きものであろうと、平等の原則は、その苦しみが他の生きものの同様な苦しみと同等に―おおざっぱな苦しみの比較が成り立ちうる限りにおいて―考慮を与えられることを要求するのである。もしその当事者が苦しむことができなかったり、よろこびや幸福を享受することができなかったりするならば、何も考慮しなくてよい。だから感覚(sentience)をもつということ(苦しんだりよろこびを享受したりする能力を厳密に表わす簡潔な表現とはいえないかもしれないが、便宜上この感覚ということばを使う)は、その生きものの利益を考慮するかどうかについての、唯一の妥当な判断基準である。知性や合理性のようなその他の特質を判断基準とすることは、恣意的であるとのそしりを免れないであろう。(邦頁30)

 

【参考:動物の解放 】

動物の解放 改訂版

動物の解放 改訂版

 

  

 この箇所によれば、どんな生きものであろうと、平等の原則がその苦しみが他の生きものの同様な苦しみと同等に、考慮されなければならない。だから、人間であれ人間以外の存在であれ、苦痛という「感覚」を持つことが、その生きものの利益を考慮するかどうかについての唯一の妥当な判断基準となる。

 

 この動物への倫理的配慮基準についての考えは、「功利主義」から着想を得ている。特に、英国の古典功利主義者ジェレミー・ベンサムからの影響は大きい。

  

 ベンサムの著作である『道徳および立法の諸原理序説』は、冒頭次の言葉から始まる。

 

 自然は人類を苦痛と快楽という、2人の主催者の支配の下に置いてきた。われわれが何をしなければならないかということを指示し、またわれわれが何をするであろうかということを決定するのは、ただ苦痛と快楽だけである。

 

【参考:道徳および立法の諸原理序説】

  

 この文章からも分かるように、功利主義は道徳的判断を「苦痛」と「快楽」に置く。多くの人間が心地よさを感じるのであれば、それは善い行為である。一方、多くの人間が不快に思うのであれば、それは悪い行為である。

 

 この点に関して、ベンサムは快苦という基準によって権利を人間以外の動物へと拡大しようとする。彼は、自らの著作で以下のように述べる。

 

人類の過半の人々が奴隷の名の下に、例えばイングランドにおいて、能力の劣る動物と同じ種類の法律の対象になってきた時代もあったし、私の心が痛むのであるが、多くのところでまたそうである。専制君主でなければ禁止できない権利を人間以外の動物が獲得できる日がいずれくることになろう。フランス人が既に発見したことであるが、皮膚が黒いためある種の人々が気紛れな虐待をされるまま捨て置かれていいことにならない。 同様にいつの日か脚の数、皮膚の毛あるいは気高い心の弱さのために感受性ある生き物が黒人と同じ運命をいつまでも置かれていいことにならないと認められるようになるのではないか。他に何が超えられない線を画すことになるのか。理性の働きか、それとも意見を交わす能力か。しかし1人前の犬や馬の方が、生まれて1日の、1週間の、1ヶ月の乳児より比較のならない程話ができて理性もある動物である。違う事例を考えるとどうだろうか。問題はそれら動物に推論ができるということでもなければ、話ができるということでもなく、苦しむことができるかどうかである。 

  

 確かに、当時のイギリスは現代と比較しても、黒人など人種差別なども多かったし、人々の権利意識も高くはない。その時代から考えてみても、この主張は画期的だったはずである。

 

 特に、「苦しむことができるかどうか」を基準に置き、人間以外の動物の権利拡大をベンサムは主張した。この点に、シンガ-は影響を受けた。

 

 ただし人間以外の動物への倫理的配慮を考えた場合、その基準は「苦痛」だけではないはずである。「苦痛」だけでなく、彼/彼女らは「豊かな内面」を持ち、どう幸福に生きるかを理解する必要もある。

 

 この点について、犬猫などの伴侶動物に焦点を当てながら、久保田さゆりの議論を手がかりに検討を進めていく。【続く】

 

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